「プロだよ、プロ」

 その、怒鳴ると死ぬほど恐かった、老練な理科の先生は、教師であることに誇りを持っていた。口癖は「プ・ロ・だ・よ・プロ!」
 授業はどちらかというと「職人芸」という趣きだったかもしれない。まずは箇条書きの板書。大体、3項目から5項目程度。その後、書き取り時間が少々。数分を過ぎると「筆記用具を・置・く! 手を膝の上に・置・く! 話は目で・聞・く!」と、おきまりの科白。あとは説明。教室授業の時は、必ずこのパターンで、中学校の3年間、最初から終わりまですべてそうだった。
 実験の日でも、板書の書き取りまでは同じ。実にシステム化された授業だった。そして、生徒が何を不安に思うかよくわかっていた。「実験用具は使っていれば壊れるものだから、別に試験管を割っても怒ったりしないから正直に、すぐに言うように。」学校の備品を壊してもとがめられないというのは、目からウロコであった。最初の実験でこれを聞いたおかげで、心おきなく実験に勤しむことができた。
 あるとき、ビーカーに入れてあるエタノールに火を付けてしまった奴がいた。ビーカーの口のところで揺らめく炎。実験室中がどよめく。そんな中、冷静に歩み寄った先生、そばにあった同サイズのビーカーをそっとかぶせる。酸素がなくなりたちどころに鎮火。沸き起こる喝采。ここで先生、おきまりの「プロだよ、プロ!」。(その後、ビーカーに火を付けたやんちゃ者にポカリ。)
 テストの際もプロ意識はいかんなく発揮された。特にそれは採点について。彼は定期試験の採点の際に必ずこう言った。「私の採点ミスの確率は統計上 0.5%、4クラスに1人の確率である。もし採点ミスがあった場合は必ず申し出るように。正解なのに不正解とされていた場合は点数を修正する。もし不正解なのに正解とされていた場合には、点数を下げることはしない。……それがプロってもんよ。(ニヤリ)」
 その先生のテストは、必ず1問2点×25問、満点は50点。採点の際には、不正解しかチェックしない。つまり、返却された解答欄にチェックが少なければ少ないほど好成績、それがひとつもなければ満点である。
 あるとき、私は答案を受け取り、小躍りした。その用紙にはチェックがひとつもない。満点である。理科は得意だったとはいえ、満点はなかなかとれるものではない。正直嬉しい。…しかし、その後の答えあわせの途中で私は血の気を失った。確率わずか 0.5% の採点ミス。私は満点ではなかった。
 答え合わせ終了後、おきまりの科白。「採点ミスのあった者は申し出るように。」 私は一瞬の躊躇ののち席を立った。私の解答に間違いのあったことを告げると、先生は一瞬顔を曇らせた。いつも公言しているとおり、先生は私の成績を減点することはないだろう。しかし問題はその先にあった。採点ミスの修正が終わると、先生は顔を上げる。「…さて、本人の名誉と栄光のために、最高得点者を発表する。最高得点は50点! 人数は1名。…」私の名前が告げられる。その瞬間、どんな表情をしていたのか私は覚えていない。どんな表情をしていいのかわからなかった。そして、先生の顔を私は見ることができなかった。
 でも私は、そのときの彼のの表情を見ておくべきであったのかもしれない。私にとっては名誉でも栄光でもなかったが、それこそ、永年のプライドをかけた「プロ」の仕事であったのかもしれないからだ。