好奇心が猫を殺し、そしてスズメが人を殺す

owl2003-04-04

窓の外にスズメが群れている。閉めた窓の反対側、至近距離に人間がいるとは露ほども想像していないらしい。
スズメの鳴き真似なら、バードコールなど使わなくともできる。息を吸いながら、上前歯の間に空気を通し、「チュ」という音を出す。唇を駆使すれば音に変化がつき、スズメの地鳴きに近づけることが可能だ。最近は鳴き真似をすると、スズメが不思議そうに辺りを見回すようになった。近寄ってくることもある。
ここまでくるには 3年はかかった。折に触れてしょっちゅうやっていたら、だんだんそれらしくなってきたのだ。
バードウォッチャーの中には「鳥寄せは反則(あるいは迷惑)だ」というようなことを言う人もいる。私は別に「鳥を見たい」わけではないので、やる。観察会からは自然と足が遠のいた。私(おうる)は、彼等とは違う人種だ。
「鳥寄せ」でいちばん楽しいのは、なんといっても「エナガ」だ。ゆるい群れが徐々に頭上に近付き、枝々をなんとなく飛び回りながら鳴き交わし、そしてだんだんと遠ざかってゆく。淡いピンクの、しっぽのついた小さな鞠たち。
さて、窓の外の彼等だが、困ったことに、換気扇のところから直に声が聞こえる。私としては別に営巣してもらっても構わないのだが、タイミング悪く換気扇を回して雛のミンチは作りたくない。居場所を奪ってちょっとかわいそう、とは思いながらも、しばらく換気扇を回したままにすることにした。
じきにスズメの声が、なんとなく遠巻きになり、そして聞こえなくなった。
そんなスズメが人を殺すことがある。別荘など、使用しない時間が長い建物では、暖房器具の排気口などにスズメが営巣してしまうことがある。育雛期が過ぎれば巣はそのまま放置される。これに気付かぬまま暖房器具を使用してしまうと、そのうち不完全燃焼を起こし、建物内部に一酸化炭素が充満する。
寄りすぎるのはいけない、というのはわかる。それを憂いてはいけないのだとも思う、…でも。



Curiosity killed the cat.
この言葉がどういう意味なのか、長いことわからずにいた。最近やっとわかった。「私」の好奇心が猫を死に至らせる、のではない。好奇心の強い猫はその好奇心によって自らの命を縮めるぞ、ということだった。 …固定観念は恐い。こんなこと、私(おうる)以外の方は聞いてすぐ理解しているだろうに。
それにしても。あのとき兄貴はこんな「脅し文句」を私(おうる)に突きつけて、一体何を言いたかったのだろうか。

■ 後日追記

コメント欄にて情報を頂く。「Curiosity killed the cat」は「A cat has nine lives」と組になっている言葉だそうだ。佐野洋子の「百万回生きた猫」を彷彿とする。*1 「A cat」、ある 1匹の猫。9つの生命を持つこの猫ですら、好奇心により、死んだ。
つまり、好奇心は九死に値するということか。

■ さらにちょっと追記

古くエジプトでは「猫はなかなか死なない」ということから「不死身」そして「9つの命を持っている」とされたそうだ。従って「A cat」は「ひろく猫というもの」といった意味合いだろう。なお「9」という数字の意味については「三位一体」のさらに 3倍、という説があるがいまいち信憑性に乏しいという気もする。
九死というよりは万死に値するということでよいのかな。

■ もう少し追記しておくと

↑…と書いたが、「A cat」は(コメント欄にあるとおり)「とある(特定の 1匹の)猫」ということらしい。

*1:因みに私(おうる)は「百万回生きた猫」のイラストタッチもストーリーも好きではない。