訳するという深遠な作業

科白界の住人となってしまわれたのかと心配していた(いずれにせよ言語学的活動であるその一貫性は見事としかいいようがないのだが)応用比較言語学研究室の濯尾*1先生が久々に新たなお題を。

不肖なる私(おうる)は、正直に申せばフィギュアスケートには興味が無い。無いが、アマチュアの世界では「バック中」や「前中」といったような、体軸を反転させる方向の回転技は評価の対象にならないらしい、ということとか、同じ n回転ジャンプでもいくつかの種類があって、難易度の違いに応じて評点が異なるらしい、ぐらいのことは予備知識として持っている。だが、その程度。だから、上掲エントリで初めて、「アクセル」が人名だと知った。勉強になる。
さて。
「アクセル」や「サルコウ」が人名であるならば、言語間翻訳という立場からすると、これはどう見ればよいのか。体操の世界でも、ある技に名前を付けるとき、最初にその技を著名な大会で披露して話題になった選手の名前にするという習慣があったりするわけだが、フィギュアのジャンプ技もこれと全く同じベクトル上に位置づけられるわけだ。
体操競技でいうと、コバチ(鉄棒:後方2回宙返り)とか、トカチェフ(鉄棒:懸垂前振り開脚背面とび越し懸垂)とか、コマネチ(床:…あ、これは違った)などがそれである。日本人の名前も付いている。モリスエ(平行棒:棒上後方かかえ込み2回宙返り腕支持)とか、ツカハラ(跳馬:側転跳び後方宙返り)など。「伸身ツカハラ」といったように、応用技・発展技にもそのまま名前が使われたりする。
フィギュアスケートの世界でも、ジャンプ技に限らず様々な技に、選手の名前がそのままつけられることはよくあるようだ。イナバウアーであるとか、ビールマン・スピンであるとか。
ふとここで考える、もし「レイバック・イナバウアー」を「アラカワ」と名付けることにしたら。「ワンハンド・ビールマン」を「アサダ・スピン」と名付けることにしたら。
名前は、日本語である。日本語であって、日本語で無いとも言える。…訳は、どうなるのだろうか?
ここで改めて気付く。訳には、命名的な訳と、説明的な訳の 2種類があるということに。体操競技でいえば、「トカチェフ」が命名訳、「懸垂前振り開脚背面とび越し懸垂」が説明訳に相当する。そして体操競技では、上に示したとおり、選手名のつけられた技にもすべて括弧内のような「くどい言い回し」である説明訳が必ず存在し、これが一対一対応をしている。もっといえば、技そのものと説明訳も一対一対応をしている。
フィギュアのジャンプには、これがない、ということに気付いた濯尾先生は、すごい。(もしかして:すごい。
今回のお題は、「トリプル・アクセル」という語を訳する、というよりは、「………という技」を(説明的に)訳する、という作業だったわけだ。実に、深い。

でもって不肖(中略)私(おうる)はといえば、訳を提示するほど練り込めなかったので、こうしてだらだらと書いて虎投げ、という形をとってみた。面倒臭いから 3a 、3b 、3c 、…でいいじゃん、なんてことは、口が裂けても言えない雰囲気である。

■ おまけの余計な追記

このエントリ自体が相当余計だという件については気付かないふりを通す、鈍感力。
サルコウ」というと「猿光」でしょうか。ええのんか〜。この回転が、ええのんか〜。

*1:「すぎお」と読む。漢字に他意はございません。ありませんってば。