猫で遅刻

寝過ごした。
押っ取り刀で家を飛び出した私を、塀の上の猫が見ていた。目が合うと、迷惑そうに後足で耳のうしろを掻いた。こういうときに思う、まったくもって猫が羨ましい、猫になりたい、と。
当然の如く、マネージャーに呼び出される。君がいないと始まらないのはわかっていたね、何でそういうときに限って遅刻するかな。…まあいい、君のいいわけも聞いておこうか。
こんな時に何を言ってもたちどころに反駁されるのは目に見えている。でも、黙っているのも体が悪い。どうする。どうする。…追いつめられた私の脳裏に、朝方の猫の顔がふと浮かんだ。
…猫が…。
猫?
いったん口に出してしまったからには仕方がない。猫に、気をとられていて、電車に乗り遅れました。…我ながらすさまじくひどい言い訳だ。
しばらく(といってもほんの一瞬だったのだろう。私にはえらく長く感じられた。)呆気にとられたような表情をしていたマネージャーだったが、まるで室井管理官のように口をきっと結んだあと、こう言った。
猫なら…仕方、ないなぁ。
戻ろうとした私を呼び止めてマネージャーは言った。今度から、猫の所為で遅刻するときには、証拠の写真を撮っておくように。ついてるんだろ、携帯にカメラ。撮影日時も確認するからな。
猫になれなくてもいいかな、と、ちょっと思った。今朝の猫に感謝。そして、後に無類の猫好きと知る、マネージャーにも感謝。(もちろん、二度も猫を言い訳に使ったら確実に殺されるだろうけど。)