この雨で終わるもの

夕方、郵便物を出しに外へ出たら、雨が降っていた。構わず外出。
もうすっかり涼しくなった。半袖の何がいけないかと言えば、寒い、ということよりもむしろ、端から見て寒そう、ということの方が大きな問題だ。つまり私(おうる)の暑がり度合いが世間一般の標準から懸け離れすぎていることが問題だ。徒らに「見てるだけで寒そう」というような印象を周囲に与えるのはよいことではない。ただでさえ「外れている」のだから。
この雨で、わずかばかり残っていたキンモクセイの花も全て散ることだろう。残ったにしても香りに関しては終焉を迎えることに違いはない。今年はキンモクセイの「当たり年」だったような気がする。いや、わからない。このわずか 10日ばかりの間に目立った強風の日が無かったとかそういうようなだけの話かもしれない。そのへんの気象的コンディションについては調べればわかることだが、面倒なので調べない。
キンモクセイの告げる季節は、他のさまざまな指標と比較しても相当にタイトな部類に入る。まさに栞のように薄く、細い。季節の頁は確実にめくられてゆき、橙色の栞は過去の頁にうずもれてゆく。
実際、今日はキンモクセイの香りを嗅ぐことはもうなかった。雨滴によって頁が少しだけ透けたのかもしれない。それで栞の橙色が少し見えた気がしたのかもしれない。
雨はにわか雨、あるいは通り雨程度だったようで、ほんの 5分もしないうちに弱まっていた。