千葉県館山市・西岬半島における海溝付加堆積物について

洲崎漁港を中心とする西崎半島の海岸段丘に露出するシルト質・砂質堆積物は著しく撹乱されており、部分的には「層内褶曲」といわれるような構造や、堆積後の再崩壊とみられる構造がよく見られる。本来は層序を為す堆積物は相互に混ざり合っており、ブロック化したシルト岩がより粗粒の砂質堆積物(軽石質砂岩)によって充填されている、あるいはシルトそのものが流動化した内部構造を持つ。
このシルト岩は部分的に著しく褐色に変色しており、その主成分は非晶質細粒の酸化鉄だと思われるが、洲崎漁港から南側に数10m 附近にて採取したシルト岩試料の粉末X線分析によると、こうした褐色シルト岩には菱鉄鉱(siderite:FeCO3)の含有が認められる。電子顕微鏡SEM)による堆積物の観察では、菱鉄鉱は堆積物を充填する自形結晶として存在しており、堆積後の再結晶により生成されたと考えられる。この菱鉄鉱の存在は、堆積物がある時期、強い還元状態にさらされた可能性を示唆する。
また、堆積物中の 1試料は還元状態の鉄を含んでおり、これは現世の人工構造物の破片か何かが試料に混入してしまった結果であっただろうと結論づけられたが、もしこれが堆積物由来のものであったとしたら、堆積物が局所的に著しい還元状態にさらされたことを意味し、興味深い。
この還元状態がもたらされた原因として有力なのが、ガスハイドレート(メタンハイドレート)の地層内における分解である。これにより、砂質堆積物(マトリックス)の流動化やシルト岩のブロック状崩壊も整合的に説明が可能である。
周辺の層序には巨大な軽石火砕流堆積物が確認されている。一方、流動化・ブロック状崩壊をなす層序の砂質マトリックスは粒径が比較的揃っており、これは軽石の斑晶である可能性が高い。つまり、流動化以前にはシルト岩に挟まれた状態の火砕流堆積物が存在し、この層序にハイドレート化したメタンが多量に含まれていたことが想像される。こうしたハイドレートの産状は深海底ボーリング調査などでも確認されている。